RYONA SONG — ロンドンで生まれ、日本で仕立てられる。ハンドメイドジュエリー
RYONA SONGの始まりは、3本のブレスレットと手書きのカードでした。
20年が経った今も、その制作スタイルは変わりません。
手仕事であること、意志を込めること。
そして、「身に纏うものには意味がある」と信じる女性のために作り続けること。
デザイナー Ryonaについて
2006年、ロンドンで暮らしていた私は、街で”あなたのアクセサリー素敵ね”と話しかけられたことをきっかけに、流れるままに「RYONA SONG」を始めました。
手元にあったのは、たった3本のブレスレットと、小さなポップカード。
アルバイトをしていたロンドンのヘアサロンで、その日は訪れました。
オーナーのジョンがサロンの棚の小さなスペースを空けてくれて、そこにブレスレットを並べたことが全ての始まりでした。
ヘアプロダクトの隣にそっと並べられたブレスレットは、ただ静かに新たな出会いを待っていました。
信じられないことに、その日の終わりには、すべて売れていました。
あの瞬間、私はひとつのことを深く感じ確信しました。
女性たちが求めているのは、単なるジュエリーではない。
身につけた瞬間に、心が動く“何か”なのだと。
・・・
私は東京で生まれました。
ルーツは韓国にあり、私の家族は三世代にわたって日本で暮らしてきました。
異なる文化のあいだで育つ中で、私はずっと「どこかひとつの世界」に完全には属せない感覚を抱えていました。
でも今は、無理にどちらかを選ぼうとは思っていません。
その“境界のあいだ”こそが、私の創造の原点になったのだと感じています。
ロンドンで学び、街の持つ自由で刺激的なエネルギーに触れながら、デザインへの感性を磨きました。
そして辿り着いたのは、再び東京ではなく、長野県・信州でした。
現在は、築100年を超える古民家のアトリエで制作を続けています。
その対比は、私にとってとても大切なものです。
都会のスピード感とは対照的に、ここに流れる時間は静かで穏やか。
そして、ものづくりとは本来、そうあるべきだと感じています。
これまでRYONA SONGのジュエリーは、三越伊勢丹や東急百貨店といった日本を代表する百貨店で取り扱われ、ロサンゼルス発の「Bold Journey Magazine」にも掲載されました。
けれど、私が何より大切にしている指標は、もっとシンプルなものです。
「女性が幸せなら、世界は平和になる。」
その想いこそが、すべてのジュエリーの始まりです。
一生に一度の瞬間には、一生寄り添うものを。
ウェディングフラワーは、いつか色褪せてしまう。
大切なヘッドピースも、箱の中にしまわれたままになる。
でももし、それらが“毎日身につけられるもの”へと生まれ変わったら。
RYONA SONGのブライダルカスタムオーダーは、
ブーケをフラワーランプへ、
花嫁のヘッドピースをイヤリングやネックレスへと仕立て直します。
結婚式の一日を、思い出としてしまい込むのではなく、
これからの日々の中で、ずっと身につけていけるように。
ハンマーと庭石、そして山への移住がすべてを変えた
長野へ移り住んだとき、道具とともに、新しい暮らしへの戸惑いも抱えていました。
これまで築いてきた感覚が、ふと足元から失われてしまったような感覚。
その答えは、思いがけず、自然の中にありました。
庭にある石に金属を打ちつけた瞬間、機械では決して生み出せない質感が現れたのです。
偶然の凹凸、自然がつくる揺らぎ、手の感覚だけが知っている表情。
「FUSION」コレクションは、そんな“摩擦”から生まれました。
野生の自然と、繊細なクラフト。
ドクダミの葉や桃の花といった自然のモチーフを、Ryona独自の感性でジュエリーへと昇華させています。
それは、自然と人の手が出会うことで初めて生まれる、美しさのかたちです。
それ、自分で作ったの? ー見知らぬ人にそう聞かれた日
「それ、どこで買ったんですか?」
あるワークショップ参加者が、自分の手で作ったネックレスを身につけていたとき、見知らぬ人からそう声をかけられたそうです。
RYONA SONGのワークショップは、ただの“ハンドメイド体験”ではありません。
本物の素材と、本格的な技法を使いながら、遊び心と洗練を大切にしたジュエリーを制作していきます。
完成するのは、工作のような作品ではなく、
「本当に身につけたくなるもの」。
誰かに見せたくなる。
そして、毎日の装いに自然と馴染んでいく。
そんな、自分だけの一点をつくる時間です。